こんにちは! 世界一周を2回経験し、先日25歳で新卒海外就職しましたnemu(@nemusblog)です。
今日は、個人的な失敗と挫折の経験がその後どう役に立ったか、という話。
わたしは、第一志望大学のため中学から親元を離れ6年間勉強した結果、振られてしまいました。
どうしても行きたかった国立大学に落ち、泣く泣くその隣にある私立に。
理由は、部活やサークルでその国立大学に潜入できる、と思ったから。
それくらい本当に行きたい大学でした。
そんな数年前の挫折から時が経ち、日々実感しているのは 「あの時落ちて本当によかった」ということ。
自分でも意外です。
今回はそんなお話と、失敗をプラスに変えるマインドについて紹介します。
どうしよう 不安と焦りが原動力になった
ずっと目指していた大学に落ち、夢が崩れ、諦めてしまった時。
その先に見えていたものが、何もなくなってしまいました。
まず訪れたのは「あれ、わたしは人生をどうしたいんだっけ」という不安で。
わくわくしていた感情も、頑張った過去もなくなってしまった気分。
「なんとかしなきゃ」「このままじゃ良くない」そんな感情が次々に芽生えてきました。
みんなに置いていかれる、将来何もなくなってしまう。何もない未来への不安と、まわりが進んでいく焦り。
この感情が溜まって溢れ出した結果、”より良い何か”を探さないと、という原動力が芽生えてきました。
わたしの行きたかった国立大学へ進学した友人が楽しそうに満足している横で、
英語の授業を増やし、バイトでお金を貯めるように。
悔しくて悔しくて、「この人たちが経験できない何かをわたしが得よう」という反抗心と挑戦心がふつふつと湧き、落ち込んでいた自分を動かしてくれました。
安泰だ、と早い段階で安心してしまうのは危険
完全にわたしの独断と偏見ですが、 若い時に何も失敗や挫折がなかった友人よりも
紆余曲折してきた人の方が自分らしい成功 を掴んでいる印象があります。
自分らしい成功、とは”とりあえずお金””とりあえず大企業”ではなく本当にやりたいことを見つけて実行している成功、という私の中での成功像です。
対して、特に壁にぶつからずに来てしまうと
とりあえずここなら安泰だから、と次の進路も安定の道に進み 、結果として「人生退屈だし何がしたいかもわかんない」と悩む人たちもたくさんいるような気がします。
そんな中で、レールから外れた経験がないと、”自分らしく生きること”が怖くなってしまうんじゃないかと、
いろんな人を見ていると感じるようになりました。
失敗したらどうしよう、とりあえずみんなと同じにしておけば大丈夫、と。自分らしくない人生を歩む。
これを安心の代償と取るか、退屈と取るかはその人次第。
ただ一つ言えるのは、失敗や挫折は自分の人生のレールを広げてくれるのでは?と最近は感じています。
「私たちは優秀」から「いつかあなたみたいになりたい」へ
わたしが落ちた国立大に行った友達はとても幸せそうでした。
安泰だし、将来も明るいし、心配することはない、頑張ってよかった!と。
確かにそれは100%事実だと思います、素直に羨ましかったし悔しかった。
ただ、20代中盤になった今、当時の悔しかった自分に伝えたいのは、そんな人たちから「英語頑張ればよかった」「留学してみたかった」「もっと世界を知りたかった」と言われるようになったこと。
これは、とても意外でした。
そう、あの時悔しくてがむしゃらに努力していたことが小さいけど確実に育っていたんです。
若いときに失敗したことが、大きな成長に繋がっていてくれました。
全ての出来事には、理由がある
と、信じています。
悔しいことも辛い出来事も、
後から振り返ってみると「あれでよかった」と思えるように人生はできていると考えています。
というか、そうなるように自分で作っていけばいいのでは!と思っています。
受け身で何もしなければ変わらないけど、 この辛い事実をどう良くできるんだろう?と考えると
人生はもっと面白くなるし、もっと、目の前の出来事や人に感謝できるようになるはず🌷
わたしは人生で2度どん底を経験しました。 うち一回は、よく耐えて生き延びたなと今でも思います。
きっとまた経験するかもしれないし、また耐えれるかなんてわからないけれど
でも、そんな経験はその後を良くするために必要だと思えると
少しだけ受け入れる準備ができる気がします。💫
これからも、体当たりで挑戦して、失敗も受け入れながら進んでいきたいからこそ
辛かった経験も自分のものにできたらいいな、と思っています。🌷